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8月15日に

 今日もまた茨木のり子の詩集を開く。

P1020272

わたしが一番きれいだったとき
 

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
 

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
 

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった
 

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
 

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
 

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
 

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
 

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように 
              ね   
 

        詩集『見えない配達夫』1958年から
 

準備する


<むかしひとびとの間には
 あたたかい共感が流れていたものだ>
少し年老いてこころないひとたちが語る
 

そう
たしかに地下壕のなかで
見知らぬひとたちとにがいパンを
分けあったし
べたべたと
誰とでも手をとって
猛火の下を逃げまわった
 

弱者の共感
蛆虫の共感
殺戮につながった共感
断じてなつかしみはしないだろう
わたしたちは
 

さびしい季節
みのらぬ時間
たえだえの時代が
わたしたちの時代なら
私は親愛のキスをする その額に
不毛こそは豊穣のための<なにか>
はげしく試される<なにか>なのだ
 

野分のあとを縫うように
果樹のまわりをまわるように
畑を深く掘りおこすように
わたしたちは準備する
遠い道草 永い停滞に耐え
忘れられたひと
忘れられた書物
忘れられたくるしみたちをも招き
たくさんのことを黙々と
 

わたしたちのみんなが去ってしまった後に
醒めて美しい人間と人間との共感が
匂いたかく花ひらいたとしても
わたしたちの皮膚はもうそれを
感じることはできないのだとしても
 

あるいはついにそんなものは
誕生することがないのだとしても
わたしたちは準備することを
やめないだろう
ほんとうの 死と
        生と
        共感のために
 

 

       茨木のり子(1926-2006) 詩集『対話』1955年から

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コメント

茨木のり子いいですね。私はたまに
「自分の感受性くらい」を読むと、身が引き締まります。

aromariposaさん

ジャスミンの花が薫り、初夏のような陽気ですね。
「自分の感受性くらい」私も大好きな詩です。
言葉だけで心の浄化をしてくれる詩人の仕事にとても興味があります。
茨木のり子の最後の詩と別れの言葉は、息を呑むほど感動的ですよね。
http://www.asahi-net.or.jp/~pb5h-ootk/pages/I/ibaraginoriko.html

yokoさん
リンク見てみました。最後の詩と別れの言葉もまたすごいですね。とても彼女らしい。見てよかったです。ありがとうございます。

aromariposaさん

何度読んでも心にずしんと来ますね。
彼女は晩年韓国語を勉強されて、韓国の現代詩を訳して出版されているそうです。それも読んでみたいな。

今、読み返しているんですが、【わたしはとてもとんちんかん】というところに、軍国少女のお利口さんだったところへの痛切な後悔があったんでしょうね。

【昔はよかった】というウソへの強烈な反発なんでしょうか。

suikaさん

そうそう、ピート・シーガー(R.I.P)の「When I Was Most Beautiful」を日記に載せてましたね。
ちょっと気になることがあって調べてみたら、あの英訳は片桐ユズル氏が60年代につけたものなんだそうです。
私は以前ブログの記事に「ピート・シーガーが英訳」と調べもしないで書いてしまってたみたいで訂正しなくちゃ。
訂正といえば、上のコメント欄に「晩年韓国語を勉強」と書いてしまったけど、晩年ではなく50才になってからでした。あわあわ。。。

気になるというのは、「一番きれいだったとき」というところ。
日本語は美しいと綺麗がいっしょでも構わないんだけど、英語の「beautiful」は表面だけでなく内面全て普遍的な美しさのことをさすのです。
だから茨木のり子さんは歳をどれだけ取ってもbeautiful person だったはず。
もちろんだからこそ、Most Beautifulでも構わないと周りは思うだろうけど、ご本人は謙遜してそんなつもりじゃないとおっしゃいそうで。
のり子さんの詩の「一番きれい」はただ「pretty」でよかったんじゃないかなあとか、そんなことを思ったりしました。

調べてたらとても興味深いページを見つけましたよ。
中川五郎さんがピート・シーガー宅を訪問した時のこと。
http://midiinc.com/cgi/contents/magazine.php?id=726

沢知恵さんと茨木のり子さんのつながりのこと。
http://www.comoesta.co.jp/hitokoto/index.cgi?p_start=158
CD買わなくちゃ。

最後の「ね」ですが、本当に少女みたいな響きです。
のり子さんは、本当はココが一番気に入っているじゃないでしょうか。
yokoちゃんの言う通り「pretty」でいいかも知れません。

ね。

suikaさん

最後の「ね」があるからほっとして思わず口元が緩んでしまいます。
心を解き放ってくれる力(のり子さんの言葉)を感じる瞬間だと思います。


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