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Wake

 9月はこちらの暦では春の最初の月だ。カレンダーに行事予定が埋め尽くされた三学期も終り、昨日からスクールホリデイに入った。しかし今年も残りあと3ヶ月と少しだなんて本当に信じられない。ブリスベンは連日初夏の陽気で、昨日は袖なしのブラウスでマーケットに行ったくらい朝から暖かかった。今週は少しだけ雨が降ったけれど(本当に少し)、外はとてもドライで埃っぽい。そのせいか今年の花粉症の症状は去年よりも良くない。今日は一日中くしゃみと鼻水に苛まれて惨めな一日だった。早くストームが来る季節になって欲しいと願う。

 それにしても本当に忙しかったこの数週間。義理父(以下グランダと表記)が亡くなったのが8月の最後の日だったのだが、その数日間月が替わったことすらも気付いていなくて、10年以上は大抵欠かさず行っているオーガニックショップの第一火曜日のセールの日すらも忘れていた。

 お葬式は挙げなかったが(本人の希望)、ウェイク(Wake)を開いた。ウェイクを辞書で引くとお通夜と出てくるが、こちらでは日本のような格式ばったセレモニーではなく、昼間に(お葬式の後)親戚や親しい友人を招いてワインやビールとサンドイッチやケーキなどをつまみながら故人を偲ぶささやかな集まりのことである。

 ボクちゃんに「ウェイクってどういう意味があるの?」と訊いたら、彼も良く知らなかったらしく、そばにいたピッピが「そういえば、ボートの残す波(航跡のこと)のことウェイクっていうよね」と、なかなかいいところに目をつけた。なるほど、故人がその生涯で遺していった痕を偲ぶという意味に取るのは間違っていないと思う。

 アイルランドの小説家ジェイムス・ジョイスの代表作に「フィネガンズ・ウェイク」というのがあるけど(凄く難解な作品でもちろん読んだことはない)、調べてみたらウェイクとはゲール語で通夜のことで、屋根から落ちて死んだ大工のフィネガンが、その通夜で目覚めた(英語のウェイク)というアイルランドの伝説にちなんでいるんだそうだ。

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 義理母に私は何をしたらいいか訊くと、「このぐらいの(両手を軽く広げたサイズ)レモン・タルトを焼いてきてくれたらもう他に何も要らないわ」と言うので仕事で時々焼いているレモン・スクエアズという名前のタルトをダブルバッチ焼いて持って行ったら、「あれは冗談だったのよ」と言われたけど(もちろんそれは知ってた)。それとさらにココナッツとライムのミニカップケーキを40個以上焼いた。ケータリングを頼んであったので別に私がいろいろ作る必要はなかったんだけどね。私のレモン・スクエアズとカップケーキは写真の一番下の段。たくさんの春の花に囲まれて。

 誰一人として喪服を着る人はいないし(こちらではお葬式でも喪服を着なくてはならないという慣習はない)、グランダの好きだった音楽(エディット・ピアフやエディー・リーダーの「シングス・ザ・ソング・オブ・ロバート・バーンズ」)をBGMにかけて、知らない人が訪れたら何かのパーティーだと勘違いしたかもしれない。

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 そういえばエディー・リーダーのこのアルバムにはちょっとした思い出があった。このアルバムがリリースされたばかりの頃だから2004年かその翌年だったろうか。グランダがふとラジオかTVだかで知った彼女の歌が気に入って、「ロバート・バーンズの歌を歌っているCDがあるそうなんだが知らないかい?」と私に訊ねたのだ。その少し前に日本に里帰りした時に見つけて買った来た輸入盤(ブリスベンでは見つけるのが難しいからね)を持っていた私は、これとジューン・テイバーのCD(ここに書いたね)とあわせて彼に聴かせてあげたら目を白黒させていたっけ。もちろんとても喜んでくれた。

 ユーチューブ動画で一番いいのはこのライヴかな。画質はよくないけど貼っておこう。

 ウェイクが始まって1時間くらい経ったころ、集まった人々(50人ほど)の前でボクちゃんとお姉さんと叔父さん(グランダの弟)が順にスピーチをした。この時は我慢していたわけではなかったけど、数々の思い出とともに涙がぼろぼろと溢れて止めようがなかった。そしてそのあとにピッピがグランダの大好きだった「アショーケン・フェアウェル」をヴァイオリンで弾いた(この曲は、アメリカの南北戦争を扱ったドキュメンタリーTVシリーズで使われたもの)。

 これは彼が父親のために2年も前から考えていたことだった。姉妹でのデュオを期待したのだったが、ロッタは一晩考えみたけどやりたくないということだったので父親がギター伴奏を入れた。ピッピも実は返事一つで演奏したわけではなく、やっぱり一晩考えたのだ。彼女達も大好きなグランダとの別れをそれぞれの想いで乗り越えてまた一つ成長したように思える。

 "Ashokan Farewell" by Jay Ungar & Molly Mason Family Band

 

 最後にボクちゃんが父親のためにトースト(乾杯)をして、やはり父親の大好きだったエルガーのエニグマ変奏曲のニムロッドを流した。この曲を聴いてどうやって涙を抑えることができるか私は知らない。

 今までそばにいた大切な人が姿を消してしまうという事実を受け容れるのは、どんな場合でもそう簡単にはいかない。でも死というのは終りではなくて始まりなんじゃないかとふと考えていたりしたら少し心が軽くなったのだ。しかもその日の終りにチェックしていたツイッターのタイムラインのガンディー魂の言葉に「亡くなった者にとって、そして残された者にとっても、死は新たな門出なのだ」 という、まさに私のために用意されたような言葉が届いていた。心が定位置に納まるようなそんな気持ちになれてひとつ深呼吸をした。

  追記:ボクちゃんの叔父さんが家から持ってきてくれた、グランダ一歳の時の記念写真。彼らの両親がずっと壁にかけて大切にしていたものだったそうだ。

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コメント

yokoちゃん、お疲れ様でした。
グランダってGrand Daddyのことですね。最初は名前かと思ってました。
私もここ数年で母と父の通夜を経験しました。
仏教の通夜は儀式性が強いし、翌日の葬儀のことがあるので「故人を偲ぶ」というより、本葬の準備でバタバタになってしまいます。
火葬が終わった後、ようやく「しみじみ」という気分になります。
残された者は辛いけど、故人を立派に送ったしみじみとした通夜だったようですね。
本当にお疲れ様でした。

suikaさん
説明不足でごめんなさい。
そうですグランダとはおじいちゃんのこと。
Granddadと続けて綴ります。
お父さんは普通Dadだけで呼ばれます。
Daddyと呼ぶのは小さい子供達だけかな。
ついでにおばあちゃんはグランマですね。
Grandmaと綴ります。
お母さんは普通Mum(アメリカではMom)だけど、グランドマムとは綴らないのがトリッキーです。
ちなみにグランダのファーストネームはエルトン・ジョンの本名と同じ(レジナルド)で、通称レッジといいました。
無宗教(家系はネス湖の近くのハイランド地方)だったのでキリスト教会でのお葬式は挙げなかったのです。
ねぎらいの言葉、ありがとうございます。

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